【PMT研究会】デジタル民主主義とは? オードリー・タン氏&グレン・ワイル氏と探る『Plurality』な日本の未来 - 第2回PMT勉強会レポート -
- HIDETO KAWASAKI
- 1 日前
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2025年5月12日、先般立ち上げたPMT研究会(座長:小泉進次郎衆議院議員)の第2回勉強会が、大変な熱気の中で開催されました!ご参加いただいた皆様、ご協力いただいた関係者の皆様に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
今回は、なんと台湾初代デジタル発展部大臣として世界的に知られるオードリー・タン氏、そしてマイクロソフト首席研究員であり経済学者、RadicalxChange創設者でもあるグレン・ワイル氏という、まさに現代を代表する知性をお二人もゲストにお迎えすることができました。AI、Web3.0、そしてこれからのデジタル民主主義や経済のあり方を考える上で、まさに世界の最前線で活躍されているお二人です!



時代の大きな転換点に立って
グレン・ワイル氏の講演は、「米国にとっては勝利、日本にとっては悲劇として始まった戦後という時代が、ほろ苦い懐かしさをもって終わりを告げようとしている」という、非常に示唆に富む言葉で幕を開けました。
かつて民主主義や自由、国際主義を牽引してきた米国がその役割を変えつつあり、世界が新たな秩序を模索する今、私たちは大きな不確実性の時代を迎えています。これまでの国家主義やトップダウン型の統制、保守的な規制といったモデルでは、多くの国々が大切にしてきた価値観や、現代の経済的・地政学的な要請と合わなくなってきている、というご指摘でした。
では、このような時代の大きな転換点において、私たちはどのような未来を描き、どのような社会を築いていくべきなのでしょうか。
今回の勉強会は、お二人の共著である新著『Plurality』(多元性)の邦訳版が出版された絶好のタイミングでもありました。
テーマはもちろん「PLURALITY」が示す日本の未来。
デジタル技術、特に近年注目を集めるAIやWeb3.0の思想や技術が切り拓く経済、そして民主主義の新たな可能性について、大変刺激的なお話を伺うことができました。
ワイル氏が「この本がこれほどまでに共感を呼び、非常に多くの人々の心に響き、日本の政治と社会に影響を与えた場所は他にない」と語られたように、日本こそが『Plurality』が提起する議論の中心地となり得るのだと、強く感じさせられました。
素晴らしいゲストのご紹介
ここで改めて、今回ご登壇いただいた素晴らしいお二人のプロフィールをご紹介させてください。
オードリー・タン (Audrey Tang) 氏:
1981年、台北市のお生まれです。2016年に35歳という若さで台湾のデジタル担当大臣に就任され、2022年に新設されたデジタル発展部の初代大臣も兼務されました。市民が政策形成に主体的に参加できるプラットフォーム「vTaiwan」の共同設計者として、オンラインでの討議や合意形成プロセスを制度化するなど、デジタル技術を駆使した民主主義の深化に多大な貢献をされています。特に、新型コロナウイルス対策で「マスクマップ」構想を主導し、政府の迅速かつ透明性の高い対応を実現されたことは、世界中から高く評価されました。テクノロジーと市民の協働による新しい危機管理モデルを示された功績は大きいですね。現在は台湾のサイバーアンバサダーとしてご活躍中です。
E・グレン・ワイル (Glen Weyl) 氏:
1985年、米国のお生まれ。プリンストン大学で経済学博士号を取得後、ハーバード協会フェロー、シカゴ大学准教授などを歴任されました。現在はマイクロソフトリサーチのリード研究者であり、RadicalxChangeの創設者でもあります。既存の経済や政治の仕組みを根本から問い直すラディカルな提案で世界的な注目を集め、『Radical Markets』や、今回大きなテーマとなった『Plurality』(オードリー・タン氏との共著)など、重要な著作を発表されています。WIRED誌が選ぶ「次の25年の技術を形作る25人」にも選出されるなど、まさに現代を代表する思想家のお一人です。
講演ハイライト:『Plurality』とAI/Web3.0が開く、日本の未来
グレン・ワイル氏:日本の計り知れない可能性と、Plurality実現への道筋

ワイル氏はまず、世界が地殻変動とも言える変化を迎える中で、台湾がいかにしてイノベーションの注目すべき震源地となったかを解説されました。
市民技術運動「g0v(ガブゼロ)」がオープンソースの手法で行政システムを改善し、政府に採用させた事例。その成功を受けてオードリー・タン氏が大臣に就任し、AIを活用した合意形成や市民による法案作成支援などを推進したこと。その結果、台湾はロックダウンなしでコロナ危機に対応しつつ経済成長を維持し、さらに世界最高レベルと言われる偽情報攻撃にも市民参加によって効果的に対抗したこと。
これらは、我々が目指すWeb3.0(ブロックチェーン技術)を取り入れた分散型で透明性の高いコミュニティ運営の、現実世界における力強い指針になりそうです。
しかし同時に、ワイル氏は台湾モデルが持つ地政学的な制約にも言及されました。そして、「今日、日本がかつて台湾が開拓したモデルのグローバルリーダーとして急速に台頭していることを知り、非常に喜んでいる」と述べ、日本に対する並々ならぬ期待を寄せていただきました。
ワイル氏が日本の潜在力として特に注目したのは、未来デザイン会議や市民議会といった活気ある市民参加の土壌、安野 貴博氏によるAIの政治分野への導入といった先進的な取り組み、文化面での卓越した発信力、そしてSmartNewsやサイボウズといった企業や公共的イニシアチブが示す新しいビジョンなど、多岐にわたります。
その上で、ワイル氏は『Plurality』で提示されている数々のアイデアの中から、日本がグローバルリーダーとなるために特に重要と考える、以下の3つの柱を力強く提唱されました。
オープンソースによる行政機能の革新: 政府のコードやデータをオープンにし、市民セクターからの改善提案を取り入れ、オープンソース開発自体を公共財として支援することで、日本をオープンソース・イノベーションの世界的な中心地にする。
デジタル公共インフラ (DPI) の戦略的構築: インドの「India Stack」などを参考に、デジタルIDや決済等の基盤を整備し、公的資金で市民社会主導の公益技術開発を支援する。
Web3.0時代の分散型資金調達モデルの導入: Quadratic Funding(QF)のような仕組みを活用し、多様な価値観を反映した、より民主的な資金配分を実現する。
ワイル氏は、これらのアプローチが「21世紀にふさわしい、実験的なデジタル民主主義の新しい潜在的モデル」を形作り、日本がイノベーション精神を再燃させ、グローバルリーダーシップを取り戻す鍵となると結論付けました。
オードリー・タン氏:民主主義のレジリエンス(回復力)とテクノロジーの賢明な活用

続いて登壇されたタン氏は、「いかなる民主主義も孤島ではない」と述べ、日本と台湾の連携の重要性を強調されました。
民主主義を蝕む「ウイルス」への処方箋: 多くの西側諸国で見られる二極化や憎悪に対し、幸い日本と台湾はまだ深刻な状況ではないとしつつ、「プロソーシャル・メディア」や「橋渡し技術」によって分断に対抗し、権威主義のプロパガンダに反論できると主張されました。
「より多くの声」を「より良い選択」へ導くシステム設計: 民主主義が成果を出す鍵は、多様な声が混乱ではなく「より良い選択」に繋がるような、熟議や合意形成を促すシステムを設計することだと力説されました。
白熱した質疑応答:現代デジタル社会の核心的課題
講演に続いて行われた質疑応答も、非常に中身の濃いものとなりました。会場からは、現在のデジタル民主主義が直面する核心的な課題についての質問が相次ぎ、タン氏、ワイル氏のお二人からは、技術的な解決策と人間中心の思想的基盤の両面からの深い洞察が示されました。いくつかご紹介します 。
虚偽情報と教育: ネット上の虚偽情報にどう向き合うか、特に若者の教育はどうあるべきか、という問いに対し、タン氏は台湾での「メディアリテラシー(読み解き)」から「メディアコンピテンシー(共創)」への教育転換を紹介。個人の力だけでなく、複数人で批判的に情報を検証し、文脈を理解する「ジャーナリストのような力」を育む重要性を指摘されました。
GAFA支配とWeb3.0: 巨大プラットフォーム支配に対し、Web3は対抗軸となり得るか?という問いには、タン氏はプラットフォーム間の相互運用性(ユーザーがデータやフォロワーを自由に移動できること)が鍵だとし、ワイル氏は政府による競争力強化のための産業支援(相互運用性重視の政策)が重要だと述べました。日本が競争力あるデジタル基盤を築く上でのヒントが示されました。
AIと人間の意思決定: AIの判断が「正しい」と思える場面が増える中で、人間との境界線は?という問いには、タン氏は翻訳や要約など人間を「支援するAI」は有益としつつ、全てを中央のAIに委ねる危険性を指摘。「分散的・民主的・防御的」なAI設計と個人の主権維持の重要性を強調しました。
ボット・なりすまし問題: SNSでの偽アカウント等が民主的な意見集約を歪めるリスクについて、タン氏は台湾で開発した、プライバシーを守りつつ本人証明(年齢層や地域など)を可能にする「選択的開示」デジタルID技術を紹介。匿名性と信頼性のバランスを取る具体的な方法が示されました。また、ワイル氏は「リキッド・デモクラシー(投票権の委任)」など、技術は必ずしも直接民主主義化を意味しないと補足しました。
高齢層の情報バブルと商業主義: 高齢層が特定の情報空間に閉じ込められたり、民主的な議論の場が商業主義に歪められたりする問題に対し、タン氏は政治的立場を超えて人々を繋ぐ「共通の関心・趣味」(俳句やExcelアートなど)を軸としたプラットフォーム設計の可能性を提示。ワイル氏は広告中心の「注意経済」モデルから、より健全なビジネスモデル(B2Bなど)への転換や、政府調達におけるオープンプロトコルの採用を提言しました。
これらの質疑応答を通じて、単に技術を導入するだけでなく、それが人間の尊厳や民主的な価値観とどう整合するのか、常に問い続けることの重要性が改めて浮き彫りになったと感じます。
終わりに
今回の第2回勉強会は、現代社会が直面する複雑な課題と、デジタル技術、とりわけPluralityやAI、Web3.0の思想がもたらす計り知れない可能性について、参加者一人ひとりが深く思考を巡らせる、またとない機会となりました。ワイル氏、タン氏のお話、そして白熱した質疑応答は、私たち日本が持つ固有の強みと潜在力、そしてこれからの世界において果たすべき役割について、改めて大きな示唆を与えてくれるものでした。
お二人が示された未来へのビジョンは、決して夢物語ではありません。オープンソース文化のさらなる推進、信頼されるデジタル公共インフラの整備、そしてQuadratic Fundingのような新しいガバナンスと資金調達の仕組みの社会実装。これらは、私たちが今まさに取り組むべき、具体的かつ喫緊の課題です。これらを通じて、より多元的で、公正で、そして創造性に満ちた社会を、日本が世界に先駆けて築いていくこと。それこそが、私たちPMT研究会が追求すべき目標であると、事務局長として決意を新たにした次第です。

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