【OECD参加報告】OECD閣僚理事会2025:AIツールキットで築く、包摂的で責任あるAIの未来
- HIDETO KAWASAKI
- 6月10日
- 読了時間: 7分

先日、6月3日から4日にかけてフランス・パリで開催されました経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会に、日本政府代表団の一員として参加する貴重な機会をいただきました。
本ブログでは、会議の概要、特に日本のこれまでの貢献が礎となり、新たな段階へと進んだAIガバナンスに関する議論、とりわけ採択された「AIツールキット」の意義について、皆様にご報告させていただきます。
OECDとOECD閣僚理事会について
まず、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)は、「より良い暮らしのためのより良い政策(Better Policies for Better Lives)」を基本理念とし、民主主義と市場経済を共通の価値観とする国々が、経済成長、社会福祉、ガバナンスといった幅広い分野で国際的な課題解決と政策協調を目指す国際機関です。現在、日本を含む38カ国が加盟し、活発な議論と分析を行っています。https://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/oecd/index.html
年に一度開催されるOECD閣僚理事会は、その最高意思決定機関として、加盟国の閣僚が一堂に会し、世界経済が直面する喫緊の課題や中長期的なテーマについて討議し、OECD全体の活動方針を定める極めて重要な会議です。
OECD閣僚理事会
“OECDの最高機関であり、全ての加盟国が参加する閣僚理事会は年1回開催されています。同閣僚理事会には、G7参加国すべてが含まれていること、さらには時期的にもサミット1か月前に開催されることから、閣僚理事会における経済成長、多角的貿易等に関する議論はサミットにおける同分野の議論の方向性に大きな影響を与えています。したがって対外経済交渉の観点からも、OECD閣僚会議はサミットの前哨戦として重要な会議と言えます。これまで我が国からは、経済産業大臣が外務大臣及び経済財政担当大臣とともに同閣僚会議に出席しています。”
議長国コスタリカへの敬意と、AI政策ツールキットへの道筋
本年の閣僚理事会は、コスタリカが議長国を務められました。「変化する世界における共通の価値観の共鳴:強靭で、包摂的で、持続可能な未来の創造」というテーマのもと、建設的で未来志向の議論が展開されました。
特に、世界の多くの国々、とりわけ新興国や開発途上国が直面する課題に光を当て、包摂的なアプローチを重視されたコスタリカのリーダーシップに心から敬意を表します。
今回の閣僚理事会における特筆すべき成果の一つが、「AIの恩恵を実現する経済を支援するためのAIツールキット」に関するスコーピングノートの採択です 。これは、AIが世界経済に変革をもたらし、イノベーションを推進し、生産性を向上させる一方で 、その恩恵をいかに広範な国々、特に資金的制約、インフラの限界、スキルギャップといった課題に直面する新興国や開発途上国 にも行き渡らせるか、という喫緊の課題に応えるものです。https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/events/2025/06/mcm/MCM-2025-Scoping-Note-for-an-AI-Policy-Toolkit-to-Support-Economies-in-Realising-AI-Benefits.pdf
AIガバナンスにおける日本の歩みと「AIツールキット」への貢献
AIガバナンスの国際的なルール形成において、日本が主導的な役割を果たしてきたことは、OECDの公式文書やこれまでの議論でも明らかです。
①2016年のG7香川・高松情報通信大臣会合で日本がAIに関する国際的なルール作りの必要性を提唱し、その議論の場としてOECDにタスクアウトされたことが、今日の議論の大きな出発点となりました。
②これを受け、OECDは約3年の歳月をかけて研究と議論を重ね、2019年に世界初の包括的なAIに関する政府間合意である「OECD AI原則」を策定しました 。この原則は、包摂的な成長、人間中心の価値、透明性と説明責任、安全性、アカウンタビリティなどを柱とし 、その後の国際的なAIガバナンスの議論の礎となりました。
③日本が議長国を務めた2023年のG7広島サミットでは、このOECD AI原則を基礎とし、特に急速に進化する生成AIのリスクと機会に対応するための「広島AIプロセス」が立ち上げられ、国際社会から高く評価されています。
④そして今回、コスタリカ議長国の力強いリーダーシップのもとで議論が進められた「AIツールキット」は、まさにこの「OECD AI原則」を各国が具体的な政策として実行に移すための橋渡しとなることを目指しています 。
「AIツールキット」の詳細:原則から実践へ、そしてAIデバイドの解消へ
今回合意されたスコーピングノート では、「AIツールキット」は、AI技術がもたらす大きな機会 を全ての国が享受できるよう、特に「AIデバイド(AI格差)」の深化を防ぐことを重要な目的としています 。
先進国がAI開発と利益で先行する一方 、多くの新興国・開発途上国が直面するAI導入の障壁を取り除くための実践的な支援を提供することを目指しています 。
このツールキットは、主に以下の二つの要素で構成されます。
OECD AI原則 自己評価ツール (Self-Assessment Tool):
各国政府や組織が、OECD AI原則(価値に基づく原則と政策提言の両方)との整合性を自ら評価し、強みや改善すべき点を特定するためのツールです 。
利用者は、あらかじめ設定された一般的な課題リストから自国の状況に最も当てはまるものを選択し 、それに基づいてツールが主要な政策介入分野を特定します 。その後、各分野における自国の政策状況を段階評価し 、強化が必要な分野については、後述の実施ガイダンス内の関連ケーススタディなどを参照することができます 。このツールは、OECDの「イノベーション・プレイブック」に着想を得ており 、直感的で迅速に利用できるオンラインインターフェースを通じて提供される予定です 。
OECD AI原則 実施ガイダンス (Implementation Guidance):
自己評価ツールの結果に基づき、各国が優先的な取り組み分野を特定した後、より詳細なガイダンスを提供するものです 。信頼できるAIイノベーションを促進するための具体的な行動の選択肢を示し 、様々な地域や発展段階にある国々が実際にAI原則を政策に転換している事例(特に新興国・開発途上国のニーズに対応した事例 )や好事例を紹介します。
このツールキットは、各国の固有の状況、能力、優先順位に合わせたテーラーメイドのアプローチを可能にするものであり 、インタラクティブなオンラインツールとしてOECD.AIプラットフォームに統合されることで 、継続的な更新と改善が図られる設計となっています 。開発プロセスにおいては、多様な国々との共同作成ワークショップが重視され 、真に現場のニーズに即したツールとなることが期待されます。https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/events/2025/06/mcm/MCM-2025-Scoping-Note-for-an-AI-Policy-Toolkit-to-Support-Economies-in-Realising-AI-Benefits.pdf
世界が注目する日本の貢献と、ツールキットへの期待
今回の閣僚理事会においても、多くの国々から、日本のAIガバナンスへの積極的な貢献、特に「広島AIプロセス」に対する言及と評価が相次ぎました。これは、日本が提唱してきた理念が国際社会に広く浸透し、具体的な行動へと結びついていることの表れであり、大変心強く感じました。
コスタリカが主導する「AIツールキット」は、この「広島AIプロセス」の精神とも軌を一にするものであり、AI原則をより実践的なレベルに落とし込み、特に支援を必要とする国々へと届けるための重要な一歩です。日本としても、これまでの知見を活かし、このツールキットの充実に積極的に貢献していく所存です。
日本の技術力が拓く、持続可能なAIの未来
AIの普及は、その計算処理に伴うエネルギー消費の増大という新たな課題も顕在化させています。だからこそ、日本の持つ先進的な省エネ技術、例えばNTTが推進する光電融合技術「IOWN」などが、この地球規模の課題解決に貢献しうると思っています。
単にAIの計算能力を高めるだけでなく、省エネによる持続可能性をも追求する日本の技術と思想は、あまり世界では言及されていません。
しかし、私は世界のAI開発に新たな視点を提供するいわばブレイクスルーポイントになるのではないかと考えています。
国際協調の力で、AIを人類の人類のコ・パイロット(副操縦士)に
今回のOECD閣僚理事会への参加を通じて、AIという変革的な技術に対し、国際社会が如何に連携し、共通の価値観のもとでガバナンスを構築していくかという課題の重要性を改めて痛感しました。「AIツールキット」は、そのための具体的な道筋を示すものであり、コスタリカの卓越したリーダーシップのもと、大きな前進を遂げることができました。
日本としても、これまでの国際的な議論をリードしてきた経験を活かし、このツールキットが世界各国で効果的に活用され、AIが真に人類全体の福祉向上と持続可能な発展に貢献できるよう、引き続き国際社会と緊密に連携し、その役割を果たしてまいります。
ご一読ありがとうございました。
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