【テクポリ!!】権利は18歳、お酒は20歳。複雑すぎる「大人」の境界線について
- ひでと 川崎
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この記事は、音声配信「テクポリ!! Technology×Policy」をAIで要約したものです。
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皆様、こんにちは。衆議院議員の川崎ひでとです。
本日も「テクポリ」をご覧いただき、ありがとうございます。
2026年1月11日、日曜日。
成人の日を含む3連休の中日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は本日、東京にいます。
「在京当番」という任務に就いており、国会周辺に待機していなければならないため、残念ながら地元・三重県に帰ることができませんでした。
今日は、全国各地で「二十歳の集い(旧成人式)」が行われています。
地元でも消防出初式や各地区の二十歳の集い、自治会の初参会など、イベントが目白押しの日曜日です。
本来であれば、地元の皆様の元へ駆けつけ、晴れ着姿の新成人の皆様にお祝いの言葉を述べたかった。
ライバルや他の議員が会場を回っているであろうことを想像すると、「向こうは来ているのに、なんで秀人は来ていないんだ」というお叱りの声が聞こえてきそうで、正直なところ歯痒い気持ちでいっぱいです。
しかし、これも政務官としての重要な職務。
国民の皆様の安心・安全を守るため、万が一の事態に即応できる体制を維持するのが在京当番の役割です。
東京の空の下からではありますが、本日晴れて節目を迎えられた皆様、そしてご家族の皆様に、心からのお祝いを申し上げます。
さて、今日はこの「二十歳の集い」をきっかけに、改めて「成人とは何か?」「なぜ18歳成人なのに式典は20歳なのか?」というテーマについて、政治・政策の背景と、私自身の「オールドスクール」な葛藤を交えて、じっくりと考えてみたいと思います。
1. 「成人式」が消えた日
まず、基本的な事実の確認から始めましょう。
現在、法律上の「成人」は18歳です。
かつては20歳が成人のラインでしたが、民法が改正され、2022年4月1日から成人年齢が18歳に引き下げられました。
つまり、現在の高校3年生(18歳)は、誕生日を迎えた時点ですでに法的には「成人」なのです。
ところが、今日行われている式典の多くは「二十歳の集い」といった名称で開催されています 8888。
「成人式」という看板を掲げている自治体は減りました。
なぜなら、成人(18歳)を祝う式典ではなく、あくまで「20歳という節目」を祝う式典になっているからです。
ここに、現代日本が抱える「定義のねじれ」があります。
「成人になったのは18歳なのに、お祝いされるのは20歳」。
この違和感を、どう捉えればよいのでしょうか。
2. なぜ法律は「18歳成人」を選んだのか?
そもそも、なぜ国は長年親しまれてきた「20歳成人」という定義を変え、18歳に引き下げたのでしょうか。
これには大きく分けて4つの理由があります。
① 世界のスタンダードに合わせる
1つ目の理由は、国際的な基準です。
世界を見渡すと、多くの国で成人年齢は18歳と定められています。
グローバル化が進む中で、日本だけが20歳を基準にしていると、国際的な条約や制度との整合性が取りにくい場面が出てきます。
「日本の若者も世界と同じ基準で大人として扱おう」というのが、改正の大きな動機の一つでした。
② 18歳選挙権との整合性
2つ目は、政治参加の年齢です。
これに先立つ2016年、公職選挙法が改正され、選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられました。
「18歳から投票できる(政治に参加できる)」ということは、国政の担い手として認められたということです。
しかし、民法上は未成年のままでは、「政治に参加する権利はあるのに、大人とは見なされない」という矛盾が生じます。
「投票するという権利」と「大人としての責任」をセットにするために、民法上の成人も18歳に合わせる必要があったのです。
③ 社会的責任と経済活動の自由
3つ目は、契約の自由です。
成人になると、親の同意なしで携帯電話の契約をしたり、アパートを借りたり、クレジットカードを作ったり、あるいは起業したりすることができるようになります。
大学進学や就職で親元を離れるタイミングで、自分の判断で契約を結べるようになることは、自立を促す上で重要です。
「自分の人生を自分で決める権利」と「その結果に対する責任」を、より早い段階で持ってもらおうという意図があります。
④ 少子高齢化社会への対応
そして4つ目は、日本特有の事情である「少子高齢化」です。
若者の数が減っていく中で、少しでも早く社会の担い手として活躍してほしい。
「若者=守られるべき子供」という期間を短くし、早くから社会参画を促すことで、国全体の活力を維持したいという狙いもありました。
こうして、2018年に法案が成立し、4年間の周知期間を経て、2022年に施行されたのです。
3. なぜ式典は「20歳」のままなのか? 〜伊賀市の教訓〜
法律が変わったのなら、成人式も18歳でやるべきではないか?
理屈ではそうです。
しかし、現実社会は理屈だけでは動きません。
その典型的な例として、私の地元である三重県伊賀市で起きた「ある事件」をご紹介しましょう。
伊賀市の「18歳成人式」騒動
かつて、伊賀市の岡本市長(当時)が、「法律が変わるのだから、伊賀市の成人式も18歳対象に変える」と宣言しました。
。
市長としては、法律の趣旨に則った論理的な判断だったのかもしれません。
しかし、これに対して市民、特に親御さんたちから大ブーイングが巻き起こりました。
反対署名運動まで起きるほどの騒ぎとなりました。
なぜ猛反対されたのか?
理由は極めて現実的で切実なものでした。
「18歳の1月は、人生で一番忙しくてお金がかかる時期だから」です。
多くの18歳にとって、1月は大学入学共通テスト(旧センター試験)の直前です。
就職組にとっても、入社準備や研修が始まる時期です。
そんな人生の岐路に立っている時期に、「振袖を着て式典に出ろ」というのは酷な話です。
さらに、経済的な負担も無視できません。
大学の入学金や授業料、一人暮らしの引越し費用などが重なる時期に、さらに数十万円かかる振袖や袴の費用を捻出するのは、家計にとって大きなダメージです。
結局、伊賀市では市長が交代した後、市民の声を受けて「二十歳の集い」へと戻されました。
この伊賀市の例は、「法律上の正しさ」と「生活の実感」が乖離した時に何が起こるかを示す、非常に興味深いケーススタディです。
こうして全国の多くの自治体が、受験や就職活動が落ち着き、経済的にも(あるいは本人がアルバイトなどで稼げるようになり)余裕が出てくる「20歳」での式典開催を維持することになったのです。
※ちなみに私は「二十歳の集い」に賛成です。
4. 「お酒」と「タバコ」の境界線
ここでまた一つ、ややこしい問題が出てきます。
「18歳で成人(大人)」になったはずなのに、お酒とタバコは依然として20歳からというルールです。
公営競技(競馬・競艇など)の投票券購入も同様です。
「権利と責任は18歳に下ろしたけれど、健康への影響(フィジカル面)はまだ心配だから20歳で」という理屈です。
これは医学的な見地からは正しい判断だとは思いますが、当事者である若者からすれば、「大人扱いされたり、子供扱いされたり、どっちなんだ」というモヤモヤ感が残るのも事実でしょう。
契約はできる。ローンも組める。選挙にも行ける。
でも、乾杯はジュースで。
この「ちぐはぐさ」が、私たちが「18歳成人」を心から実感しにくい要因の一つになっている気がします。
5. 私の中の「オールドスクール」な葛藤
ここまで制度の話をしてきましたが、正直に告白します。
私、川崎ひでとの中では、いまだに「成人式=20歳」という感覚が抜けきっていません。
頭では「法律が変わった」「18歳が成人だ」と分かっていても、心の中では「やっぱり20歳でお酒が飲めるようになって初めて大人だよね」と思ってしまう自分がいます。
ついつい「成人式」と言ってしまいそうになります。
今回の放送を通じて、私は自分が「オールドスクール(旧来型)」な人間なんだなと痛感しました。
歳を重ねるとはこういうことなのかもしれません。
新しい制度や価値観が導入されたとき、理屈では理解できても、長年染み付いた「感覚」や「伝統」との狭間で心が揺れ動く。
すっと受け入れられない自分がいるのです。
これは、成人年齢の話に限ったことではありません。
例えば、現在議論されている「選択的夫婦別姓」の問題なども同様かもしれません。
「個人の自由や利便性を尊重すべき」という新しい価値観(New School)と、「家族の絆や伝統を守るべき」という古い価値観(Old School)。
この二つの間で社会が揺れ動くのは、私たち一人ひとりの心の中に、変化を恐れる気持ちと、変化を望む気持ちが同居しているからではないでしょうか。
しかし、政治家として、そしてこれからの時代を生きる大人として、「昔はこうだったから」と思考停止してはいけません。
時代の流れをしっかりと肌で感じ、何が今の社会にとって最適解なのか、常にアップデートし続ける姿勢を持ちたいと、今日の「二十歳の集い」を見ながら改めて自戒しました。
6. 新宿の若者たちへ、愛を込めて
今日の東京は冷え込んでいます。
先ほど新宿の街を通った際、振袖やスーツに身を包んだ若者たちが、楽しそうに歩いている姿を見かけました。
これから同窓会や二次会に向かうのでしょう。
キラキラとした笑顔を見て、心から「楽しんでほしいな」と思いました。
ただ、一つだけ老婆心ながらアドバイスを。
飲み過ぎてぶっ倒れないように気をつけて!
20歳になってお酒が解禁された開放感と、久しぶりに会う友人とのお祝いムードで、ついつい羽目を外したくなる気持ちは痛いほど分かります。
ですが、今日のこの寒空の下、泥酔して外で寝てしまったりしたら、命に関わります。
せっかくの晴れの日が、救急搬送の苦い思い出にならないよう、何事も「ほどほど」に楽しんでください。
おわりに
今日は「在京当番」という孤独な任務の中で、遠くの若者たちの祝祭を眺めながら、法律と現実、そして自分の中の世代間ギャップについて考えてみました。
18歳で成人を迎えた皆様、そして今日20歳の節目を祝った皆様。
形はどうあれ、皆様がこれからの日本を背負って立つ主役であることに変わりはありません。
権利と責任、そして少しの矛盾(笑)を抱えながら、どうか素敵な大人になってください。
私たち「オールドスクール」な大人たちも、皆様に負けないよう、頭を柔らかくして頑張ります。
それでは、また次回の「テクポリ」でお会いしましょう。












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